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ナイフを握ってたのは中原だし、ナイフの進路を変えたのも間違いなく中原だ。
でもその中原が、驚きの表情を浮かべている。
中原がミスったとか、躊躇ったとか、そういうのじゃなさそうだ。
髪が切れて自由になった桐沢は、てっきり中原から距離を取るかと思ったら、逆に近付いて掴みかかる。
その手を中原が咄嗟に避ける。
桐沢はそれでも掴みかかろうとする。
殴ろうとしている訳ではなく、鬼ごっこでもしているみたいに、広げた手を中原の方に何度も伸ばす。
中原は難無くかわしているけど、その顔には余裕がない。
桐沢の能力が理解出来ずに、どう対処したらいいのか悩んでいるみたいだ。って言っても、俺もわかってないけど。
ついに中原が、土手まで追い詰められた。
桐沢の手が、中原の顔面に伸びる。
「ちっく、しょォ!」
少し遅れて、中原がナイフを持っていない左拳を繰り出した。
桐沢の指先が中原の顔に触れた瞬間に、中原の拳が桐沢の腹に入る。
「――桐沢!」
桐沢が後ろ向きに吹っ飛んだ。
激しい音をたてながら、地面に落ちる。
それっきり桐沢は、ピクリとも動かなくなった。
身体から発していた火花も消える。
「桐沢っ! 桐沢っ!」
くっそ!
この糸、邪魔だ!
桐沢の所にいけない。
動けない俺は、中原の方を見た。
何故か中原も、桐沢と同じように地面に倒れている。
しかし、桐沢と違って意識は保っていたようだ。
まず上体を起こし、足をふらつかせながらも、自力で立ち上がった。
「なんだよ……。今のは……。一瞬触られただけで、目眩が…………」
独り言を言いながら、桐沢の方に歩いていく。
桐沢が何をしたのか、何をしようとしたのかは全くわからなかったけど、わかった事が一つある。
中原の言う通り、桐沢も普通の人間じゃない。
つまり桐沢は、俺に嘘をついていた。
「……ちょっと焦ったけど」
中原が桐沢の傍に立って、俺の方を見た。
「これでさっきと同じだ。続けるぞ。アンタは、一樹さんを殺した事を認めるか?」
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