二:隻眼と隈眼鏡

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ぴしゃりと青年の言葉を返しながら、エルザはそれを小棚に戻す。 買う気が無い以上、持っている意味は無い。 それにもし誤って割ってしまったら………という不安も無い訳ではないので。 瓶を戻す手つきは自然と丁寧になっていた。 置き直し、手を引っ込めたその瞬間であった。 エルザの甲に、後ろから不意に延びて来た手が触れた。 触れた、というよりはただの衝突――― 「ぁっ……すみません」 「あぁ、いえっ」 お決まりと言えばお決まりの反応。 互いに軽い会釈をし、エルザはすぐに手を退けた。 前言撤回だ、どうやら買い手はいるらしい……。 再度謝辞をしつつ、『彼女』は小瓶をひとつ―――――いや、二つ、三つ、よっ…………。 …………え。 栄養剤(一部睡眠防止薬入り)の値段は先の通りである。 例え買い手がいたとしても、経済的にせいぜい一、二本程度が手一杯の筈である。 しかし、今目の前の女性の両手には、それこそ『手一杯』の数が掴まれている。 「ぁっ、ごめんなさい。 少しだけ置かせて頂けます?」 ………い、いやいやいやいや、少しどころじゃないでしょ。 気付けば先まで小棚にあった瓶全てがレジ端にのせられていた。 エルザも店員の青年も、これには二人とも目を丸くするばかりだ。
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