一:焼き付いた瞳

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大通りの通行人の量は相も変わらず多い。 平日であろうと夜であろうと、その数は絶える事はない。 だが『騒がしい』とはっきりと明言出来るほどの光景は存在しない―――あったとしても、それは大低、通行人同士のいざこざなどによる喧嘩が主である。 この町で路上強盗するような愚かな輩は存在しない(無論、夜や裏通りとなると話は別だ)。 目の前の人だかりを見てジャックが最初に考えていたのがそんな所で、だがそれにしては喧嘩にしてはその場の空気に慟哭を感じ取れていた。 ヤジや乱闘音も聞こえない。 あるのは不穏なざわめきだけだ。 ジャックは、一度だけちらりとカレンを見遣った。 先までの空気が抜け切れていない中だが、彼女の目を見て理解する。 普段の戦闘でのアイコンタクトが、こんな所で役に立つとは思わなかった。 一先ずジャックはそのまま彼女をその場で待機させ、人だかりへと向かった。 彼女の目が、果たしてその通りの合図だったのかまでの判断をする余裕は無かった。 「喧嘩か」 「いや」 近付いてすぐ群集の一人がそう返す。 同時に嗅ぎ馴れたその臭いを吸い、ただ事で無い事を知る。 人だかりをかき分ける必要もない。 建物と建物の隙間、路地裏のその一角。 幾つかのゴミと雑じって、それは散乱していた。 「酷ぇ事しやがる……野犬の仕業か?」 「犬だってもう少しお行儀よくお食事をするだろ。 こんな『お残し』のしかた、見た事無ぇ」 「どけ! どくんだ!」 背後から四人程の男達が割り込んで来る。 左腕につけた刺繍から彼等が自警団と分かってか、全員自主的に足を引く。 彼等もその光景が来るとは思っていなかったようで、見た瞬間その勢いはみるまに止まった。 「こ、こいつは……」 それ以上別の言葉が見つからないのか、彼等もまた愕然とその場で沈黙した。 まずそれの処理もそうであるが、つい最近見た物がまたこの町中で見つかった事に動揺を隠せなかった。 ―――目の前に広がる白や桃色の『新鮮な』それらは、間違いなく人だった物なのだ。
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