一:焼き付いた瞳

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鏡戸を開け、中からタオルを出す。 使い込んで柔らかいとは言えないそれに、顔をうずめる。 顔を上げ、瞳を開ける。 「…………っ」 目の前に広がっているのは、真っ赤に染まったタオル。 顔を埋めていたタオル。 片頬から、なにか熱い感触が流れる。 それが唇に落ち、口に入る。 血ではない味、血ではない舌触り。 肩が震え出すのが分かった。 息が荒ぎ、歯根がかたつく。 そこの中がざわつく、そこの中が蠢き出す。 頬に血が昇り、片側だけの視界がぼやき始める。 何かが床に落ちた。 腕を振り払ったからだ。 何かが壁で割れた。 目眩がする、吐き気がする、身体が酷く怠い。 あぁまただ、またこの症状だ。 便座にしがみつくように踞るが、胃から出てくるのは僅かばかりの胃液だけ。 こうなる事が分かってる以上、迂闊に夜に食事が出来る筈もない。 食べたとしても、寝る前に吐き出している。 急いで口を濯がなければ……。 足裏に痛みが滲む。 硝子が割れている。 洗面台のコップが無い。 仕方無く蛇口越しから直接濯ぐ。 なにか薬を………。 アドヴィルの空箱を掻き分けながら、頭痛薬以外に何かあったのか思い出そうとする。 なんとか一箱だけ見つけれたが、アルカセルツァ(胃薬)しか無い始末だ。 吐きはしたが別に胃は荒れてない。 意識せずに、溜め息が一つ。 諦めて戸を閉めたのがよくなかった。 目の前に、もう一人の自分がいた。 無表情の自分自身がいた。 虚ろな左目がそこにあった。 右目の中で、赤い肉が蠢めいていた
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