第一章 火の無いところに煙が立った

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 千葉県の、とある大学。学科の数はそこそこ取り揃えているため、生徒数は平均より少し多い。名物と呼べるものは別に何もなく、強いて言うなら地元の会社に比較的就職しやすいということだった。  そのため、当然スポーツも強いはずがない。付属高校もなければ、スポーツ特待生もないこの学校に、スポーツを本気でやろうとする物好きはいないだろう。この大学がスポーツで何かのタイトルを獲ったという話は、数年前を最後にまったく聞かなくなってしまった。  大学のキャンパスから程ないところに、野球部の専用グランドがある。  専用グランドとは言っても、適当なスペースだけ開けていて、あとは草がボーボーの空き地のような場所だ。  野球部は、ここでほぼ毎日、のんべんだらりと練習している。果たしてやる気はあるのかないのか、とにかく開放的な雰囲気のある風景が広がっている。秋に最上級生が引退して、それはさらに加速しているようだ。  しかしもっと気楽なのは引退した四年生である。  野球から解放され、将来のこともほとんど決まり、あとは卒業を待つだけ。大学生活の最後を飾るべく、今は必死に遊んでいる時期だろう。  その内の一人である佐々木 優希も、講義がおわった後、友達数名とカラオケに行っていた。 「優希とこうやって遊ぶのは、やっぱ楽しいな! おまえが野球部じゃなかったら、毎日こうだったのに」  友人は、満面の笑みを浮かべながら、握っていたマイクを優希に手渡した。 「そうだね……そういうのも良かったかもしれないね」  優希も釣られるようにほほ笑みながら、友人に同意する。 「……でも、せっかく高校まで野球してたし、どうせならやってみようかな、って思ったんだ。これはこれなりに楽しかったよ。高校と違って、うちの大学は自由だったし」 「おまえ、性格は全然スポーツ会系じゃないのに、野球好きだもんな! 野球してるときのおまえ、本当に楽しそうなんだよな」 「うん、実際楽しいんだもんね。……あ、リモコンとって」 「ん? ……ほら」  優希が指差すと、友人はその指し示す方向にあった選曲用のリモコンを手に取り、渡した。ありがと、と優希はそれを受け取り、慣れない手つきでそれを使い始める。 「……野球好きで思い出したな。そういえば、今日ドラフト会議だっけ? もう始まってる頃だよな」 「うん、一時からだから、もう始まってるね」
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