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それを聞いて困ったように、彼は栞をそっと私の手に返した。
「……他のものになさいますか?」
「ええ。そうだな……」
ふと、彼の視線がレジの横に置かれた人形に留まる。
台座の上にドレスをまとった小さな女の子の人形が乗ったもので、ネジを回すと女の子が音楽に合わせてくるくる踊るものだ。
「これは売り物ですか?」
「ええ、まあ」
それは私はお気に入りの商品だ。かわいらしいオルゴールの音色と、くるくる踊る女の子。
実は店が暇なとき、どきどきネジを巻いて眺めていたりする。
「これ、取っておいてもらえますか?」
「すぐお持ち帰りにならないのですか?」
「ええ……」
彼は胸のポケットから出した懐中時計にちらっと視線を落とし、「今日はもう時間が」と残念そうに首を横に振った。
「また明日、同じ時間に来ます。それまで、この人形を売らないでもらえませんか?」
「ええ、明日いらしてくださるなら」
私はメモ用紙に『売約済み』と書くと、台座の下に見えるようにはさめておいた。
「こうしていれば大丈夫」
「ずいぶん簡単なんですね」
軽く笑って、青年は店のドアに手をかけた。
「ではまた明日」
去り際の会釈はとても爽やかで、私は思わず微笑んだのを覚えている。
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