プロローグ/約束

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 少女が泣いていた。  膝は擦りむけており、髪は引っ張られでもしたのだろうか、見るも無惨な様子である。 「みのにぃ……ゴメンね?」  嗚咽混じりの声が喉から絞り出され、数メートル先で不貞腐れたように座る少年のもとへ届く。 「ゆきが変なこと言ったから、四年生たちとケンカになって……」 「言うな」  ムスッとした少年はさぞかし手酷くやられたのだろう、身体中傷だらけである。 「行(ゆき)は視えたんだろ? 本当なんだから黙る必要なんてないんだよ」 「でも、みのにぃは……」 「俺なら大丈夫!」  虚勢を張って歯を食い縛り、足に力を込めて立ち上がる。脂汗がこめかみをぬるりと伝った。 「ほら、全然平気だ!」  そして歩み寄り、 「お前は俺の妹なんだ、家族だから困ったら助けるんだ。ピンチだったら命懸けで守るんだ」 「……そうなの?」  キョトンとする少女に、少年は胸を叩いて答える。 「おう! だから、どんなことでも相談しろよ?」 「……うんっ」  顔をごしごしと擦った少女はもう泣いてなかった。差し出された手を握り、帰路に急ぐ。  少女はしっかりと握り締める。  自分の事を信じてくれる兄の手を。  四人の年上と奮闘した挙げ句、砂にまみれたその右手を。 「でさ、一体何が視えたんだ?」 「ん……内緒」  少女は答えを少し焦らした後にはぐらかす。その顔は前で歩く少年には見えなかった。 「ちぇ……なんだよ」  拗ねたように少年は唇を尖らせる。目付きも少しばかり悪くなっている。 「代わりに今日の晩御飯なら分かるよ……カレー!」 「よっしゃあ! 急ぐぞ!」 「わっ、みのにぃはりきりすぎだよ」 「早くしないと有ねぇやつむねぇに食われるだろ!」  夕焼けに染められた道を、二人して走る。  細長く伸びた二つの影法師は、寄り添うように、支え合うように立っていた。  これは、遠い遠い、昔の記憶。  淡くて優しい、兄妹の約束。
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