屋上の駆け引き

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「嘘であって欲しいか?」  不敵な笑みを浮かべながら、先生に向かってゆっくりと歩いて行く蒼ちゃん。 《ビクッ》  先生は一瞬身じろいだが、蛇に睨まれたカエルの様に動けないようだ。  しかし、蒼ちゃんは先生の横を通り過ぎ、出口へ向かう。 《カチャ》  彼はこちら側から扉を閉め、鍵をかけると、そのまま扉にもたれかかった。  出口はこの扉しかないので、先生を閉じ込めた格好になる。 「なるほど。いっぱい食わされたということか……」  白衣のポケットから手を出し、苛立っているのか頭をポリポリと掻いている。 「まぁ、そんなトコだ」  蒼ちゃんは屋上の鍵を胸ポケットに仕舞い腕を組む。  動揺する先生とは違い、彼はとても落ち着いていた。  まぁ、蒼ちゃんが焦っているトコロなんて数えるぐらいしか見たことないけど。  あたしは黙って成り行きを見守りながら少しづつ状況を理解してきていた。 「一体どうしようというんだ? いまさら私一人を殺しても何も変わらんぞ!」  語調を強めて威嚇する先生。かなり興奮しているようだ。  殺す? まさか……。 「蒼ちゃん!」  彼と先生の間に入ろうとするが、それを蒼ちゃんが手で制する。 《大丈夫》  彼の目がそう告げていた。 「とりあえず落ち着け。その状態ではまともに話もできない」  威圧するでもなく、子供をあやすように先生に言葉をかける。  そうだ。もう昔の蒼ちゃんじゃない。 「先生。大丈夫ですよ。今の彼は敵意を持って話してはいませんから。あたしにはわかるんです」 「そ、そうなのか……?」 「ええ。あたしを信じてください!」 「確かに以前の彼とは違うようだな。関西弁じゃないし、なにより剥き出しの殺気も消えている」  どうやら先生は少しずつ落ち着いてきたようだ。  荒かった呼吸も平常に戻りつつあり、目から攻撃の意思も消えてきた。 「まぁ状況が状況だ。どちらにしても観念せざるを得ないか……。相手が"あの"月影 蒼とあっては逃げることもできないだろうし」  完全に諦めたのか、先生は少し自虐的な笑みを浮かべる。 「先生のその気持ち、すっごい解ります……。あたしなんて観念しっぱなしですからねぇ……」  いつか蒼ちゃんをギャフンと言わせてみたい。  一度でいいから……。 「フッ……。ククッ」  先生が笑っている。 あたし、何かおかしいこと言ったかなぁ?
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