プロローグ

3/5
前へ
/475ページ
次へ
「関係あれへんやろ」  『彼』は廊下中央に横たわる生徒を邪魔だとばかりに壁まで蹴り飛ばし、こちらに近づいてくる。  あたしはそんな『彼』の眼をその場で見つめていた。  もしかしたら恐怖で動けなかっただけかもしれない。 「千里――下がってください。ワタクシが相手をします」  そんなあたしを見兼ねたのか、斜め後ろで見守っていた光があたしの前に立ち、臨戦態勢に入る。 「光! 待って! ウチがあいつを止めるから!」  結衣が光の腕を掴んで制し、意を決したようにゆっくりと彼に近づいていく。  彼女はどうやら『彼』のことを怖がってはいないようだ。 「蒼。もうやめなよ。いつまでこんなこと続けんだよ!」  結衣は真ん丸なその眼に涙を浮かべながら、両手を広げて『彼』を諭す。  しかし、『彼』は何故か結衣の目を見ようとせず、斜め前に設置されている消火器の辺りに視線を落とした。  待って……『そう』?  『そう』って言った?  彼があの『月影 蒼』?  まさか……。 「黙れ。俺に関わんな」  やっと口を開いたかと思うと彼は踵を返し、その場を離れようとする。 「待って! あなた月影君ね?」  そうか……彼が……。 「……せやったら何やねん?」  イラついた様に『彼』はあたしを睨みつける。  今度は間違い無く睨んでいた。 「この中学にいるとは結衣から聞いていたけど、まさかこんな……」 「あん?」 「あたしは貴方に会いたかった」        ・        ・        ・        ・        ・        ・        ・ 《ジリリリリリ》  けたたましく目覚まし時計の鐘の音が鳴り響く。  寝呆けまなこを擦りながら時計を見ると、針は朝の六時半を指していた。 「夢か……」  上半身だけベッドから起こし、髪をかき上げつつ焦点の合わない目をゆっくりと閉じた。 「喉カラカラだ……」  再び目を開け、ベッドを降りて立ち上がり、まだ朝焼けの差す台所へと向かった。  食器棚からグラスを取り、ミネラルウォーターを注ぐと、喉の渇きに任せて一気に飲み干す。  少しばかりの覚醒を促すと、だんだん合ってきた焦点を確認するため窓の外を目を細めて眺めた。 (あれから三年近く経つのかぁ)  忘れられない懐かしい記憶にノスタルジックな感覚が沸き上がってくるのを自覚していた。
/475ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加