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一人で過去の回想に入っていると蒼ちゃんが口を開く。
「ボクが提示した条件……その一つが『四月二十一日まで学園内の全ての書類から月影 蒼の文字を消すこと』だ」
「四月二十一日? 今日まで? なるほど……私を逃がさない為というコトか?」
「そのとおりだ、柊 綾子。お前がこの学園に勤務していることは理事長から知らされていた。昨日まで北海道で看護学会のシンポジウムに参加することもだ。そして、今日から通常勤務に戻ることもな」
柊先生は蒼ちゃんを見据え、黙って話を聞いている。
その視線を気にもせず、彼は話を続けた。
「もし、それまでにボクの名前を学園内の書類で見たとしたら、お前はきっと逃げ出したはずだ。職務など放棄して」
「………」
「何しろ過去のボクを知っているのだからな。研究所の末路を見たのなら尚更だ」
「なっ……!? やはり君があの研究所を潰したのか!?」
やっと落ち着いてきていた先生の表情が再度崩れる。
眉間にシワが寄り、唇が震えているようにも見えた。
「そんなことはどうだっていいし論点がズレている。昼休みも長くはない……。そろそろ本題に入ろうか」
「本題!?」
「今から言うボクの質問に対して、嘘偽り無く答えろ」
ここにきて初めて蒼ちゃんが先生を威圧する。
今まで緩んでいた空気が張り詰め、彼が真剣であることが伝わってきた。
「……わかった」
先生は震える手で眼鏡を上げると、観念したかの様に下を向く。
そのまま携帯灰皿に持っていたタバコを押し付け、ポケットに直した。
「当時の特殊能力開発研究所、通称『ゆりかご』を創設したのはお前だな? 柊 綾子」
ゆりかご……。
蒼ちゃんが子供の頃に監禁されていた研究所の名前だ。
あの忌ま忌ましい施設を作ったのが先生?
「ああ、そうだ。既に手が離れてはいるが『ゆりかご』の前身となる研究所を作ったのは私で間違いない」
「……当初の目的はなんだ?」
蒼ちゃんに動揺は無い。
恐らく、この人が『ゆりかご』の創設者ということは確信していたんだろう。
「目的は一緒だよ。子供達の能力開発と発掘。私の知らぬトコロで『指差し』なる拉致とたがわんコトをしていた事と、私の失脚後、後任が子供達に薬物投与していた以外はな」
恐らく嘘は言ってない。
会った時から今に至るまで先生から邪気は感じられないからだ。
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