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やがて無傷であるはずの私も血塗れになっていた。それはもう主人の血で黒く染まっていく。
「逃がしたか……ッなんだ?その面は―――」
「私の表情より自分の身を案じてください……」
そう口にするとき、もはや視界は水によって歪む。
限界に到達した瞬間、洪水のように水が頬を伝って行く。
そして、ポトリポトリと落ちていった。
「泣くなよ。これくらい大丈夫だ」
主人の慰めが逆に私の胸を締め付ける。
なぜそんな風に振る舞うのか私には理解できなかった。
いや、認めたくないのだ。他人のために命を賭けて救って笑うような、無責任な存在を理解して認めたくなかった。
だからこそ―――
「もう……強行です……」
主人を寝かせて、私は自分の左の手のひらを噛み切る。その動作を見せた直後、主人に左腕を掴まれた。
今からやろうとしているのは儀式、生命を超越しては根元から再生するという、並みの人間ならば"禁忌"と呼ぶであろう術式―――
「やめろ!お前の力を俺みたいな―――」
(ごめんなさい)
主人を本気で殴ったのは今のが初めてであろう。
血を吐いたがそれは私のせいではない……はず。
手のひらは紅い血に染まっていた。
傷口から血を口に含み、醜態を晒すことを許してほしいとまで思いながらも主人の口に血を送る。
接吻をする意味としたら、儀式の仕来たりのようなものだ。
しかし、そんな儀式のようなものは残酷にも違う意味で終わりを告げる。
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