第二章 Eisen und Schnee

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高らかな喇叭が薔薇色の朝焼けに染まる北天に響き渡ると同時に、両軍の指揮官の下へ早馬を駆った伝令が息も絶え絶えに駆け込み、  〝停戦協定締結せり〟の急報を知らせた。 ガイエルシャンツェ要塞を包囲する大公国軍総司令ウラジーミル・レザノフ大将は、兼てより戦況の芳しからざるを憂い、敵地深くに入り込み、補給線の長く伸びきった自軍が袋の鼠として駆逐されるのは時間の問題と認識し、秘かに本国へ停戦協定の締結を進言していたのである。  ガイエルシャンツェ要塞を責めあぐねるレザノフと、誉れ高き勇猛さに基づく強攻をいなされるエカチェリーナの状況を知った大公アンナ一世は自軍の危機を理解し群臣らの楽観論を退け、帝国政府に和睦を申し入れた。  宣戦の布告なくしての進攻に憤る帝国政府も、国主の死により内戦に陥らんとするモルフェッタ公国への対応に本腰を入れて向き合う必要から、同盟国クロトーネ共和国の主導する講和会議に於いて講和条約を締結する事を条件として、和睦を肯ったのである。  和睦の条件はクレーゲンフレッヒェ平原以北へのジルベニア大公国軍の撤退、ベンゲンブルク市への賠償金百万ヴェルデンの支払いの二点であり、平原以北の領土の帰属問題は一先ず講和会議に持ち越される事となった。  帝国政府はクロトーネ共和国の主導する講和会議に於いて領土の完全返還が成るとの確信の下、取り急ぎジルベニア側の提示した協定に賛意を示してみせた。  斯くして、ジルベニア大公国の急襲に幕を開けた北方の戦役は終結し、この後、将校連は夥しい戦後処理業務に忙殺される事となる。 ※クロトーネ共和国:大陸南部の東グアルダ海に面する〝海道三国〟の一。古来より海洋通商国家として栄え、精強な海軍を擁する。  モルフェッタ公国・セダーラ王国・クロトーネ共和国の〝海道三国〟は勢力を拡大するルベイラ王国の圧力を受けており、ヴェルディア帝国と同盟関係にある。  国家元首はチェーザレ・ジャコモ・アンジェミオーレ総統。
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