第二章 Eisen und Schnee

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キルフェヒルトの口から語られた戦場の見聞は列席者の愛国の情をいたく刺激したとみえて、居並ぶ貴顕らは口々に〝完膚なき迄にジルベニアを討つべし〟や〝帝国軍健在なれば万国恐るるに足りず〟といった勇ましい麗句を嬉々として唱え始めた。  徒らに煌びやかな台詞は皇帝の近臣の蒙昧や新興貴族の狡猾さを鮮やかに浮き上がらせる。  帝国宰相と、それを取り巻く政商らの推進する〝鋼鉄外交〟は財界を潤すものの、兵士の供給源たる農村の窮乏には一向に光明をもたらさない。  それゆえ地方に所領を持つ貴族及び軍人らはフォン・ベルリヒンゲン内閣への憤懣を募らせていた。  「兵は国の礎。我らも興業と国威高揚に努めます故、フォン・クロイツ殿やクロプシュトック殿におかれましても益々の御活躍を期待しておりますぞ」 手元の杯を乾し、重低音の声音を以て上機嫌に哄笑してみせた帝国宰相に、キルフェヒルトは冷たい眼差しを向ける。 戦場で流れる夥しい兵士の血は、益々帝国宰相とその眷属どもを肥え太らせるばかりである。一滴の血も流さずして恣意に任せて戦争を引き起こす彼らを。  「・・・ふふん、怒っているな?キルフェヒルト。 まあ、抑えろ。此処で宰相殿に喧嘩を売ったところで何の益もないぞ」 戦勝に浮かれる同床異夢の貴顕らを尻目に黙したまま葡萄酒を呷る戦友を、エリザベート・フォン・メルゼブルク侯爵は悪戯っぽい笑みと共に諫める。  まさか皇帝の御前で喧嘩沙汰を起こす様な馬鹿者ではあるまいが、不穏の芽は早めに摘み取るに越した事はない。 
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