第三章 Nach dem Gelage ~宴のあと~

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行賞の式典は金獅子宮〝鏡の広間〟にて執り行われ、皇帝フリードリヒ・ヨーゼフ三世を筆頭に、帝国宰相をはじめとする帝国政府の高官や貴顕らが整然と居並ぶ中で勲功者は各々に授けられた称誉を揚々として拝したのである。  「陸軍大佐ヴァルトゼンケ侯爵エリザベート・フォン・メルゼブルク。 卿の武功を讃え金鷲勲章を授与すると共に、シュタイエンマルク公爵に叙す。断絶せしシュタイエンマルク公の名跡は武勇に秀でた卿にこそ相応しい。 かの名門の家名を襲い、一層の忠勤に励むべし」 詰襟の軍服に身を包んだ皇帝フリードリヒ・ヨーゼフ三世は静かながら威厳に満ちた声音を以て有職故実に則った御璽入りの羊皮紙の称誉目録を読み上げる。  孔雀の様に痩せた身体には軍服仕立ての皇帝用式服は似合わなかったが、諸臣を従え堂々と式典に臨む佇まいは至って厳粛なもので、光栄に浴する勇士らも皇帝の龍顔を拝すると、その神々しいまでに厳かな一分の綻びもない挙措に俄かに震えに見舞われる事となった。 ただし、エリザベート・フォン・メルゼブルクのみは豊かな銀髪を揺らしながら悠然とした足取りで皇帝の御前へと進み出て、至って鷹揚な挙措で皇帝から叙爵の勅書を受け取った。  皇帝ヨーゼフ六世の孫ラインハルト大公五代の子孫たる皇別貴族であるエリザベートの胸には皇孫としての自負が確かに根差していたから、皇帝を前にしても心の静謐を乱す事は無かったのである。  「・・・弱ったね。 女の子に勲章を授けるのは初めてだが、豊かな胸許に勲章を付けるのは緊張するものだね」 至って鷹揚なエリザベートの振る舞いに興を催したとみえて、皇帝は彼女の胸に金鷲勲章を付けてやりながら、その耳許で微笑と共に色っぽい冗談を囁いてみせた。 「殿方と同じ様に授けて下されば結構で御座います」 帝国きっての貴種たるエリザベートであっても、流石に皇帝を〝色惚けも程々に〟と揶揄するのは不敬に過ぎるから、赤い唇を不敵に綻ばせたのみで、際どい切り返しを見舞う事はしなかった。 「シュタイエンマルク公爵エリザベート・フォン・メルゼブルク大佐に称讃を!」 エリザベートの胸に勲章を授けた皇帝が居並ぶ臣下を見渡し声も高らかに命ずると、広間の左右に居並ぶ高官らの拍手が沸き起こった。
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