第三章 Nach dem Gelage ~宴のあと~

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皇帝自らによる褒賞式典が幕を閉じた後、勲功者らは皇帝と共に午餐の席を囲んだ。  常よりも朗らかな心持ちの皇帝は、身を強ばらせるアレクサンドルをからかってみせたり、晴れて永代貴族に列したカールを頻りにハルデンシュタイク伯と呼び掛けて戯れてみせたりした。 皇帝の事実上の后たるフォーゲルハウゼン男爵夫人フレーデリケ・フォン・マイヤー=フェルスターも紫水晶の輝く銀の宝冠を結い上げた黒髪に戴き胸刳りの深い緋色の大礼服を纏って午餐の席に就いて談笑し、その席に華を添えた。 金糸の刺繍や飾緒が鮮やかに映える黒地の武官用大礼服を纏った軍人達が犇めく様は些か厳めしい光景ではあったが、男爵夫人がそれに怖じる素振りもないのは、この度の勲功者の多くが宮廷に繁く招かれる皇帝の寵臣と上級貴族であったからに他ならない。  前者はカール、アレクサンドル、クレメンス堅牢伯の様な信任篤い将軍たち。後者はエリザベートやキルフェヒルトの様な皇族との縁も浅からぬ貴顕である。 こうした人々は男爵夫人とも親しく言葉を交わす機会に恵まれていたから、男爵夫人も彼らの為人を熟知し、軍人に対して抱く漠とした怖れの靄はとうに払い除けていたのである。  平民出のカールやアレクサンドルと交わす素朴な会話は気の良い百姓や商人の出入りする田舎の城館で育った男爵夫人にとって非常に好感が持てるものであったし、皇族の遠縁にあたるエリザベートも気さくで頼もしい友人である。  堅牢伯クレメンスも甚だ無口ではあるが実直で教養深く、信頼できる人柄であった。  キルフェヒルトは表情に乏しく酷薄な趣を漂わせて参内の度に女官たちを恐れさせているが根は律儀な人物であり、好感が持てる。 尤も、男爵夫人の眼は丁度、曇硝子から覗く景色の様に他者の心性が好意の靄でぼやける様に出来ていたから、彼女にかかれば世に悪人は誰一人として存在しない事になってしまうのではあるが。
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