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「貴方達の為に細やかな宴を設けさせて貰いました。今日は戦地では大好きな甘味もお預けだった事でしょう?
トルテもクーヒェンも水菓子もお望みの通りですわよ。久し振りの帰宅ですもの、沢山我儘を言って構いませんよ。エリザベートちゃん、貴女もうんと寛いでいきなさいな。
・・・さて、私は料理の差配をしなくては。二人とも時間まで部屋で寛いでいらっしゃい」
ジークリンデはそう言って微笑むと、流行りの意匠の赤紫色のドレスの裾を軽やかに翻して厨(くりや)の方へと駆けてゆく。
「・・・全く、嵐の様だな」
久方振りに対面の叶った母の相も変わらぬ様子にキルフェヒルトは苦笑する。
「私達に喋らせる間も与えてくれなかったものな。だが、ああも喜んで貰えると、私も嬉しいよ。ところでキルフェヒルト」
エリザベートもまた、幼き頃より親しんだ公爵夫人ジークリンデの変わらぬ壮健ぶりに安堵しつつも、キルフェヒルト同様、その疾風の様な活動ぶりには苦笑を禁じ得なかった。
それからエリザベートは、ふと思い付いた様な調子で傍らのキルフェヒルトに眼差しを遣る。
「何だ」
すっかり笑みを拭い去った彫像めいた貌をエリザベートに向け、キルフェヒルトは反問する。
「どう見ても信じられんのだが、貴様は本当にあの御方の腹から生まれてきたのか?」
「下らん。
冗談も大概にしろ。どうあれ、事実は事実だ」
エリザベートは緑玉色の隻眼を悪戯っぽく輝かせて、ジークリンデに対面する度に抱く感慨を口にする。
キルフェヒルトは、そんな友の戯れ言を眉根一つも動かさずに一蹴するも、エリザベートの言もまた道理ありと認めたが故にか、僅かな間の後に斯く言葉を続けた。
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