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その涙を洗い流すように、黒い小人はおいらの顔に水をかけた。コンビニで売られているごくごく普通の天然水だ。それでおいらの涙ごと、目を刺激していた有毒ガスが流されていくのを感じる。
「ねぇ、騒がしいけどどうかした?」
「いえ、ちょっとつまづいて転んでしまいました。ごめんなさい」
下の階から聞こえるお母さんの問いと、それに答える女の子の声。おいらの知らない女の子の声。おいらを助けた女の子の声。
目を洗われ、ようやく人並みの視力に回復したおいらの両目には、我が校の女子の制服に身を包んだ長い黒髪が印象的な女の子が写っていた。彼女から直に伝わる温もりは、間違いなく人間の温かさ。けれど死に直面したおいらには、彼女が天使か、妖精か、あるいは女神のように見えてしまったんだ。
「最後においらをいじめた人の名前をここに残します。と言っても、おいらは一年の時のクラスの人達全員からいじめを一度以上受けているので、特においらが許せなかった相手の名前を」
ふと、少女がどこかで聞いたような文面を呟いた。ていうかおいらの遺書だ。何読んでんだこいつ。
「失礼しちゃうわ。私がいつ尻無浜君をいじめたのかしら」
彼女はおいらの遺書に不満があるそうで、そんな怒りを口にしたがいかんせん、今や絶滅危惧種となった女言葉を操る彼女の口からは怒りが伝わらない。そもそも物静かと言うか生気と言うか、彼女からは活気自体が感じられない。
それはそうとして、彼女の言葉に間違いはなかった。確かに一人いたんだ。クラスの連中でおいらに手を出さなかった人が、一人だけ。去年の同級生。名を愛洲溢母。一年一組出席番号女子の一番。学年一、いや、恐らく学校一低い身長と、何かと一と縁のある少女。これで名前が愛洲溢母でなく愛洲一母だったなら、護廷十三隊十一番隊第三席の彼にさぞかし気に入られた事だろう。
話がそれた。路線を戻す。
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