【笑顔】

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他人の人生が書かれていると言っても抽象的な部分が多い。 例えば俺のLIFE BOOKを持っている奴は、 俺が今コーヒーを飲んでいることが分かっても、 コナを飲んでいることまでは分からない。 このことがプライバシー論争に拍車をかけた最大の理由でもあった。 「それ、何冊目だ」 おもむろに新聞を広げたエヌ氏は、 その記事の細かい文字に目を通しながら言った。 エフ氏もまた、LIFE BOOKの細かい文字に対して目を細めながら答えた。 「12冊目。 まだまだ完結しそうにないな、 この人の物語は」 「そうか、それはいい事じゃないか。 この本の完結は、主人公の死を意味するのだろう?」 「ああ、そうらしいな」 「君の本の主人公は今何をしている?」 「全くもって平凡だよ。 今だって日課のジョギングをしてるよ。 大衆の大多数がそうであるように、 この人もまた、目立った行動は起こそうとしない」 「常に監視されていることを意識しているから、か。 世も末だな」 「中には壮絶な人生の本に出会うこともあるそうだよ。 できればそう言う人のに当たりたかったね」 「はじめに受け取った本が完結するまで、 例え一冊読み終えても人生書籍管理局に申し出て 新しいものを貰わなくてはならないらしいな」 「そう、その上きちんと読み終えたか審査まであるんだ。 うそ発見器のような装置の前に立たされる あの審査だけは何度やっても慣れないね」 エフ氏が毒づくと、アールグレイが運ばれてきた。 柑橘系の紅茶の独特な香りが朝の空気に孕んだ。
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