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「こんなに長い本なんだ。
読み終えた時は格別だろうね」
「そう願いたいよ。
納得のいく結末にして欲しいモノだね」
「長ければ長いほど、最後への期待は高まるのだろう」
「その通り。
短すぎるのもよくない。
同僚に、主人公が赤ん坊で、
病気で産まれてすぐ死んじまったって奴がいた。
分厚いその本は、2ページ目から先が全て白紙だったそうだ」
「それはまた極端な本に出会ってしまったものだね。
心から同情するよ」
「別段、報酬がでる訳でもないないが、
私はどうしても途中で投げ出す気にはなれないな。
この人は、いつか何かをやり遂げるんじゃないかっていう期待があるからね」
「そして、それを最期まで見届けた時の達成感か。
自分が先に死ぬかもしれないのに」
「その時はその時だろう」
そう、ほくそ笑むとエフ氏は分厚い本をまた1ページめくった。
「そうだな。
君みたいな人は例え一人分のLIFE BOOKを読み終えても、
また新しいのを貰いに行くのだろうね」
「…ああ、そうだと思うよ」
エフ氏が優しい表情で呟いた時、
ちょうどエヌ氏はコーヒーを飲み終えた。
「どうして、こんな世の中になってしまったんだろうな」
エヌ氏はどこか寂しげに呟いた。
「そう言えば、この本はコンピュータで管理されているらしい。
存在自体が嘘のようなものだが、
コンピュータに書籍の管理ソフトを作らせていた時に出来た偶然の産物だそうだ。
中央の人生書籍管理局のコンピュータには、
たくさんの人の人生が集められてるって話だ」
エヌ氏に少しでも興味を持たせようとエフ氏が言った。
人間どんな嫌なことでも、趣味が絡むと興味を持つものだ。
そして、それは的中した。
エヌ氏は一瞬、体に電撃がはしるような好奇心に誘われた。
好奇心、暴力的な響きだ。
「興味ないな」
エヌ氏はそっけないそぶりで立ち上がると、精算を済ませ席をたった。
「待てよ。もう少し話そうじゃないか」
「いや、用事を思い出してね」
そう言うと、瞳に鈍い光を宿した彼はそくささとカフェを後にした。
「失敗だったか。
趣味がらみの事なら食いつくと思ったのになあ」
エヌ氏が呟くと、目の前の通りに風が吹き込んだ。
吹き抜ける秋の風は、
道路わきに溜まった落ち葉を強引に舞い上げた。
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