【笑顔】

7/7
前へ
/7ページ
次へ
裸足のまま玄関を飛び出し、肌寒い秋の朝の街道を駆け抜ける。 朝の静かな街に、自分の呼吸音だけが妙に大きく聞こえている。 彼は寒さも忘れ、必死になって いつも訪れるお気に入りのカフェへと向かった。 あと一本、道路を挟んだ所まで辿り着いた彼は、 テラス席に座る一人の青年を見つけた。 リストで見た、青年だ。 分厚いコートを羽織り、落ち着いた色のマフラーを巻く青年はコーヒーを傍らに、分厚い本を広げていた。 エヌ氏には、それが自分のLIFE BOOKであるとすぐに理解できた。 そして彼の中の好奇心は、音を立てて弾けた。 通りへと駆け出すエヌ氏。 中腹まで来たところで、 青年が飲むコーヒーの香りが朝の風に乗ってエヌ氏に届いた。 酸味のある、コナコーヒーの香りだった。 しかし、その香りは秋の朝の空気に孕むことなく、 ガソリンの匂いに掻き消される。 その瞬間、カフェで一人、 コーヒーを楽しむ青年の口元が緩んだように見えた。 分厚い本を勢いよく閉じた青年の表情には、 なにか大きな事を成し遂げた時の あの独特な笑みが・・・。      
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

92人が本棚に入れています
本棚に追加