<会社員1>

3/5

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
「まったく、何で万引きなんかしたんだ」  アパートへの帰り道で小宮に聞いた。外はすっかり暗くなり、人通りも少ない。ぬるい風が頬を撫でた。 「だって、欲しかったんですもん」  小宮が万引きしたのはCDだった。合計で十八枚。それも全部黒人のジャズシンガーや白人のR&Bなど、小宮のような若者には似合わないものばかりだった。その訳を尋ねると、「え、だって、今流行ってるじゃないですか」と小宮は目を丸くした。 「流行り?そうなのか」 「そうですよ。知らないんですか?」 「あまり、興味が無い」  興味が無いとは言ったものの、そういう風潮があるのは知っていた。友人の一人もここ最近は「洋楽がきてるぞ」と騒いでいたのだ。しかし河原は社会の流れに乗るという行為が好きではなく、その話もほとんど聞き流していた。 「そんなことよりどうして買わなかったんだ?むしろそっちに興味がある」 「それより、怒らないんですか?」 「怒って欲しいのか?」 「そんなわけないですよ」小宮が手をぶんぶんと振る。「優しいなあ、河原さんは」 「優しいわけじゃねえぞ。で?何でだ?」 「まあ、あれですよ、やってみたかった、ってやつです」  中学生かお前は、と心の中で嘆く。 「ほら、出入口にセンサーみたいなのがありますよね」 「みたい、じゃなくてどう見てもセンサーだ、あれは」 「ほら、あれってCDを上に放り投げて、通り抜けて、キャッチすれば大丈夫そうじゃないですか」  小学生かお前は、と心の中で嘆く。 「それで?成功したのか」 「鞄に詰める段階で捕まりました」 「十八枚も盗るからだ」
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加