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「まったく、何で万引きなんかしたんだ」
アパートへの帰り道で小宮に聞いた。外はすっかり暗くなり、人通りも少ない。ぬるい風が頬を撫でた。
「だって、欲しかったんですもん」
小宮が万引きしたのはCDだった。合計で十八枚。それも全部黒人のジャズシンガーや白人のR&Bなど、小宮のような若者には似合わないものばかりだった。その訳を尋ねると、「え、だって、今流行ってるじゃないですか」と小宮は目を丸くした。
「流行り?そうなのか」
「そうですよ。知らないんですか?」
「あまり、興味が無い」
興味が無いとは言ったものの、そういう風潮があるのは知っていた。友人の一人もここ最近は「洋楽がきてるぞ」と騒いでいたのだ。しかし河原は社会の流れに乗るという行為が好きではなく、その話もほとんど聞き流していた。
「そんなことよりどうして買わなかったんだ?むしろそっちに興味がある」
「それより、怒らないんですか?」
「怒って欲しいのか?」
「そんなわけないですよ」小宮が手をぶんぶんと振る。「優しいなあ、河原さんは」
「優しいわけじゃねえぞ。で?何でだ?」
「まあ、あれですよ、やってみたかった、ってやつです」
中学生かお前は、と心の中で嘆く。
「ほら、出入口にセンサーみたいなのがありますよね」
「みたい、じゃなくてどう見てもセンサーだ、あれは」
「ほら、あれってCDを上に放り投げて、通り抜けて、キャッチすれば大丈夫そうじゃないですか」
小学生かお前は、と心の中で嘆く。
「それで?成功したのか」
「鞄に詰める段階で捕まりました」
「十八枚も盗るからだ」
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