飛縁魔

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 一年前の梅雨。  この屋敷には柾しかいなかった。  毎日好きな時間に起き、好きなだけ絵を描く。  そして、好きなだけ、一人の時間を過ごす。  元々人付き合いは苦手な為、この生活は柾にとってこの上なく居心地の良いもので、家を出てからは他人との会話らしい会話なんて数える程にしかなかった。  今日も、雨。  コンビニへ夕飯を買いに行く途中、長い間空き家だった家の門前に誰かが越してきたのであろう家財を乗せたトラックがとまっていた。  こんな雨の日に引っ越しとは…きっと急ぎの引っ越しだったのだろう、と柾は横を通り過ぎながら思う。  ちらりと見えた玄関に、荷物をトラックから下ろす両親を不安げに見る少年と、その横で周囲を興味深げに見回す幼女…兄妹なのだろう。  何故か、気になった。  少年の不安に曇る顔はけして、見慣れぬ町での今後の生活に対する不安とは言い切れない程の暗さである。  …て、関係ないか。  柾は深く考えずその場をあとにした。
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