其の一

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流れている洋楽のBGMが、客の声とグラスの当たる音に掻き消されている。 ――金曜日の夜。 平日はそこまで混まない店内も、今日は二十二ある席がすべて埋め尽くされガヤガヤと活気に満ちていた。 磨いたワイングラスを、オレンジ色の照明にかざして汚れが付いていないかチェックする。 先に見えるタバコの煙が、光の中を揺らめいて天井へ上っていくのが幻想的で、時間の流れを緩やかに感じさせた。 「三崎(みさき)ちゃん~。タクシー代、出すから残業していってよぉ~」 「……すみません。明日、朝から面接なんで」 時計に目を移すと、針は十一時をとうに過ぎている。 私は慌ててグラスを棚にしまうと、なよなよと身をくねらせ引き止めるマスターに頭を下げた。 マスターは自分を二十代だと言い張るが、どう見ても四十は超えている思う。 あとおネェ言葉がたまに出るが、ソッチ系ではないらしい。 どちらにせよ、見た目は蝶ネクタイと、ガッチリ固めたオールバックが似合う紳士であった。
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