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窓の外は、鈍色の空が広がっていた。
今年の梅雨は、ずいぶんとのろまな気性をしているらしい。
夏は随分長い間おあずけになっている。
そんな気だるさの中で授業に集中する生徒は少なく、多くの生徒は眠るなりぼんやり空想するなりしている。
わたしもそんな生徒のひとりだ。
最近、小説を書く手が進まないのもこの湿気のせいにしたくなる。
頬杖をついてノートの端に意味の無い落書きをしていると、後頭部になにやら固いものが当たった。
角張った大きな手のひら。
それが振り向いたわたしの視界に入った最初のものだった。
「消しゴム貸してくんない? 」
わたしの後ろの席の住人、森山隼人。バスケに青春を捧げる、寡黙で女子とは滅多に口を聞かない男の子だ。
なんでわたしに?と一瞬思うも、よく見れば彼の周囲の男子は皆夢の世界へ旅立っている。なるほど、わたしに白羽の矢が立つわけだ。
「はい、どうぞ」
差し出されたごつごつした手。それに触れてしまわぬよう、落とすように消しゴムを渡した。
最後にこの手を握ったのはいつだったろうか。なんて、遠い幼少時代を懐かしみながら。
■■■■■
授業の後に待っているのはやはりまた授業だ。
「ね、もう書けた? "うぐいす"に載せる小説」
移動教室の最中、わたしの数少ない友人である優ちゃんに尋ねられた。
"うぐいす"というのは、わたしたちが所属する小説部が発行する小説冊子のことで、部員が書いた小説はこれに掲載される。
「うん、書けたよ。でも出来はあんまり」
わたしは肩を竦めた。
実のところ、最近は納得のいく小説が全然書けていなかった。
小説なんて気まぐれなもので、一日で一作品完成するくらい面白いほどペンが走る時もあれば、ぴたりと止まり丸一月何も書けない時もある。
だから暫く良い作品が書けないからと言ってうじうじ悩むことではない。それは重々承知しているつもりだ。
けれど、上手く書けないのはもどかしくて虚しい。
「そっか。ま、そんな時期もあるっしょ! 焦んない焦んない」
前向きな性格の優ちゃんは、爛漫な笑顔を向けながらわたしを励ました。
優ちゃんはいつだってくよくよしない。女の子と男の子のいいところを両方持って生まれた人。
そしてわたしはいつも、彼女に励まされる側なのだ。
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