32人が本棚に入れています
本棚に追加
移動した教室にはまだ数人の生徒が残っていた。
鎖骨と太ももを大胆に露出している、少し派手な部類の女子たちである。教室に入ってきたわたしと優ちゃんを見るやいなや、口々にこう言った。
「あ、優子じゃん! 」
「ほんとだ。次、優子たちのクラスか」
彼女らは皆優ちゃんの友達だ。美人で陽気な優ちゃんには男女関わらず沢山の友達がいるのだ。
「そうだよー、英語なの」
気さくに話す優ちゃんと対照的に、わたしはなるべく目立たないようにそっと席についた。優ちゃんがわたしを巻き込まなかったことが、逆に有り難かった。この類の女子と話すのは苦手なのだ。
こんな時、中学の頃の優ちゃんは、出来る限りわたしに話を振るようにしていた。わたしが周囲に馴染めるように気を使ってくれたのだ。
わたしもその期待に答えようと、持ちうる限り全ての社交性と笑顔を振り絞り明るく振る舞った。
そして確かにその結果、多くの知り合いと友達を獲ることができた。
しかし、自分に嘘をつき続けることはできなかった。
―――"自分"が他人に脅かされてゆく感覚。
他人に思考を犯され行動を支配される日々を重ねる度、徐々に自分自身を失ってゆく感覚に陥った。これからも永遠に失い続けて行くのか、と毎日先の見えない不安に襲われていた。
そんな恐怖を絶ちきってくれたのは、森山だった。
あの日を境に、わたしは自分を偽るのを止め、優ちゃんはそんなわたしを放っておいてくれるようになった。
そして今に至るというわけだ。
「寂しいやつ」なんて思われても一向に構わない。あの騒がしく不安な日々に戻るよりは今の方がずっとましだ。穏やかで安定している。
派手な彼女らは常に友達と一緒にいるにも関わらず、自分自身を失う感覚はないのだろうか? 不安になったりしないのだろうか?
きっと心が強いのだろう。
もしくは、鈍感なんだろう。
どちらにしろ、羨ましいことだ。
最初のコメントを投稿しよう!