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気分的には自室に戻って休みたかったが、仕事が残っているからと辞去した手前、仕方無く執務室へ向かう。
メイドによって綺麗に磨かれた光り輝く大理石の床を歩きながら、俺は先程の食事風景を思い出していた。
楽しそうに談笑しながら食事をするセレとエデュス侯爵。
俺の知らないエデュス侯爵の笑顔。
どうして、セレにはそんな表情を見せるんだ?
言いようのないドロドロとした感情が胸の中で渦巻く。
その醜い感情を取り除く方法は分からないけれど、俺は自分の中に浮かんだ質問の答えは知っている。
『セレは大切な親友の娘で、俺はエデュス侯爵の実の子ではないかもしれないから』
思わず、自嘲の笑みが零れる。
もともとあの女は――俺の母親は、恋多き女だったらしい。
エデュス侯爵と結婚した後も毎日のように遊び歩いて、邸にいる事の方が少なかったと聞いている。
実際、俺も立ち去って行く母親の後ろ姿しか覚えていない。
そんな女が産んだ子供なんて、誰の子か分かった物じゃないと思うのは、ごく自然な事だろう。
それでも俺は信じていた。
メイド達が陰で、俺の事を母親と愛人の子だと噂しているのを聞いても、それでもなお、俺はエデュス侯爵の――父上の子だと信じていた。
あの日。
母親の――あの女の、あの言葉を聞くまでは。
その瞬間、まるで足元からガラガラと世界が音を立てて壊れていくような、そんな気がした。
そして俺は逃げるように、それからすぐ全寮制のエストフォーレ校へ入学した。
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