ノートの隅っこ

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数学の授業。 先生が公式を黒板に書き写す。もう数分前から授業はほとんど、わたしの頭をすり抜けることさえしていない。 もともと数学は苦手だ。 それも午後の授業となれば眠くなるに決まってる。 退屈な授業に飽き飽きして、でも寝るとこの先生は怒るので我慢しながら、わたしは校庭に目を移した。 自分の席は気に入っている。暖かい窓際、後ろから二番目。我ながらクジ運が良かったと思う。 少し気を抜いて授業を聞いてなくてもほとんど気付かれない。 少し肌寒い今の季節も暖かく過ごせる。 でも、それ以上に嬉しいことがあることに、わたしはこの席になったしばらくあとに気付いた。 (あ、見っけ) どうやら今日はサッカーらしい。 お目当ての彼の姿を見つけ、わたしの顔は知らないうちに緩む。 そう、わたしのこの席は一週間に何回だけかだけど、体育で校庭に出ている隣のクラスの想い人の姿を見ることが出来るのだ。 誰にも邪魔されることのない、特等席である。 (あ、シュート決めた!) あまりにも長い時間校庭ばかり見てる訳にもいかないので、黒板のほうを向き直す。 いつの間にか時間が経っていたらしく、話を聞いてなかったわたしには、もう何を言ってるかわからない。 今日は授業を聞くのは諦めよう。 黒板の文字を写す振りをして、開いたノートの隅っこにさっきまで見てた君の名前を書いた。 授業中 暇な話を 聞きながら 君の名前を 書いては消して いつの間にか、自然に書いてしまうようになった君の名前。段々と書くのが上手くなってしまうのは気のせいだと思いたい。 そっと消しては、また書くを繰り返す。 まだ当分君には届きそうもない想いだから、今はこれで充分なのだ。 「じゃあ、次、この問題を解いてみろ」 (あ、やば) 当たっちゃったみたい。 聞いてなかったのバレたのかもしれない。 怒られたって、やっぱり、 《わたしの幸せな秘密の時間》 fin .
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