一章

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「いえ、私が王宮に召し抱えて貰ったのは五年前だから、姫様のお姿を拝見したこともないです」 「そうか。……優秀な兄姉と周りには汚い大人。六歳までは王宮にいらっしゃったから私は知ってるんだけどね。分け隔てなく均等に接してしまう方で、王族の威厳が損なわれると側近達は嘆いていたな。ただお優しいだけだと思うんだけどね」 「……その、城下や王宮内での呼び名をご存知ですか?」 「ああ。聞かなくても耳に入ってくるよ。酷いもんだね。離宮に閉じ籠っているのはそれに心を痛めたせいかと思っていたもんさ」 「……私も、正直姫様の良い噂を効かないので……その、あまり……」 「大丈夫。変わってなければお優しいお方だよ。他の王子や王女には無い下の者への心遣いが出来る人さ。だから安心して」 大きく破顔したエミルに多少の不安は和らぐものの、スズは素直に頷けなかった。離宮から戻ってくる三の姫の身の回りの世話を言い渡された時から、それが嫌で仕方がないのだ。 「じゃあ、また後で」 「あ、はい! 後で……」 なんとなく腑に落ちないといった顔でエミルの背を見送ったが、やがて気を取り直して身支度を整え始めた。 すっかり冷めてしまった手足の水を拭き取り、来た道を足早に戻る。本日最初の仕事。妹分達を起こしに回らなければいけない。
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