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次に気がついたときは、まどろみの中で身体を揺さぶられている状態であった。爪先から脊髄まで一気に緊張が走り彼は覚醒した。
驚いて目を見開き、飛び上がった彼に対して相手は落ち着いていた。目で軽く会釈すると、声を落として話しかける。
「こっちじゃ目立つから、頭くらい隠してくださいね」
先に出立していた仲間が質素な布を差し出した。狐を思わせる細い顔は常に笑みをたたえている。年の頃は二十半ばほどの青年だ。
「マヒロ、久しぶりだな」
「存外遅い到着でしたね。なにかあったかと不安になりましたよ」
マヒロと呼ばれた青年は「塔の國」を見つめる。その横顔は真剣だ。
それを眺めていた彼は胸の奥に溜まった不安を全て追い出すように深い息を吐いた。
「問題ない」
振り返るマヒロの顔を真っ直ぐ見返す。そして気づかれない程度に眉根を寄せた。その目が充血していたからだ。飄々として見えるがその実、マヒロも緊張であまりよく寝れないんだろう、と彼は察した。
「……成功しても失敗しても、どのみち争いは起きる」
「ですね」
すんなりと頷くマヒロを複雑そうに見やり、
「生きながらえると思うか」
「難しいですね」
陽気な口調のせいで、自分の言葉は軽薄に聞こえているらしいとマヒロは頭をかいた。
「出立の時から、覚悟してます。まあ、貴方を死なせる気は毛頭ないですけど」
マヒロは力強く笑うと彼の肩に手を添える。彼は細い息を一つ吐いた。じゃあ、とマヒロは涼しげな笑みを浮かべ、荷から一冊の書を取り出し彼に手渡す。
「大切な部分には印をつけてます。それだけ頭に入れておけば心配ない。異教徒の我々はボロを出さぬように用心しましょう。あとは俺がうまくやります。手紙は? あれがなきゃ門前払いですよ。なんせ身分証明が出来ないですから」
彼は本を受け取り、懐から金が散りばめられた箔押しの紙を見せた。マヒロは頷く。
「外交が盛んな塔の國は中に入ってしまえば紛れるのは容易いです。が、城門ではよそ者は厳しく検査されます。そこは申し訳ないが自力で突破してください。俺も下手に動けないんです」
頷いて眼前にそびえ立つ塔の国に目を向けた。これからの不安を押さえつけるように胸に拳を当てる。樹木にくっつけていた背中を離し、立ち上がる。顎に力を込め背を伸ばした。大きな敵に向かう前に逃げないよう、隠れないように。
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