一章

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自室に戻った寧は唇を一文字にして込み上げてくるものを胸の奥に押し込んだ。確かに先刻までは、主(あるじ)となる人物に思いを馳せ期待と希望にいてもたってもいられないほどだった。 それがどうだ。 「ありえない。絶望だ。出世の道が閉ざされた」 ネイは項垂れるようにしながら纏めた荷の隣に座り込む。         ・・ 「よりによって、あの愚図姫」 膝を抱えるように引き寄せ、その間に頭を突っ込み目を閉じた。 塔の国の優秀な姫君と王子は民の憧れでありその側に仕えることの出来る四族のひとつ、釜淤家に生まれたことはネイの自慢であった。 しかし、いくら王族に仕えることが誉れであっても断りたくなる唯一の存在。それが、三番目の姫。通称「愚図姫」。 御歳(おんとし)十二にもなるその姫は、家臣にまで無能だと陰口を叩かれ、王族特有の覇気もなく。おどおどと物陰に隠れてしまう始末らしい。 次の世継ぎに最も遠い存在だと知っていながら、どうして行かなければならないのか。 「どうせ姫なら才色兼備の一の姫につけてくれよ」 ネイは頭を抱えた。自信と希望が音をたてて崩れていく気さえした。しばらくそうしていると足音が近づいてくるのが耳に入る。父だと思い顔を上げて立ち上がるが、聞こえるのは小さく軽やかなもの。ちょうど戸口を開いたところで見つけた背中に声を掛ける。 「スウホ?」 寧より少し年上の少年は、気だるげに垂れていた首をおこし、ネイのほうを振り返って破顔した。その際に、彼の持つ短めの槍が目に入った。 「ネイ! 久しいな」 「スウホ、また訓練を抜けてきたのか?」 片眉を吊り上げ意地悪く笑うと、スウホもまたやんちゃそうに笑みを広げる。 「領主様に付き合ってたら俺は今、生きていない」 「俺は父上に見つかったらさらに厳しい訓練を受けるとわかってて抜け出すお前の気が知れないなあ」 「なんだよ、歳が近いお前が抜けてつまらなくなったんだ。仕方ないだろ」 飄々と笑うスウホは打って変わって真面目な顔つきになり声を潜めた。 「――そんなことより。聞いたぜ、よりによってあの姫様んとこに決まっちまったらしいな」
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