一章『高崎千里様』

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「そんなの嘘ですよ……。上原君、嫌そうじゃないですか。嫌なら言って下さい……」 尚も弱々しく、高崎さんは言います。Sっ気があると言っていたのに、何度も訊いてくるということは、大したレベルではないようです。本当のSなら問答無用でやりそうですからね。 程度の小ささに安心し、僕は落ち着いて答えました。 「そんなことないですよ。嫌じゃないです」 「本当ですか……?」 「はい」 「良いんですか?」 何が? 口をつきそうになりましたが、寸でのところで止め、僕は頷くことにします。嫌というと、もう二度と高崎さんと関わり合えない気がして、怖かったというのが本音です。 「はい」 「良かったです……」 安堵してくれたみたいで、高崎さんは大きく溜め息を吐きました。 僕も良かったです。高崎さんとの関わりが消えるのは辛いですからね。それに高崎さんなら、少々のSっ気も楽勝で許容出来ます。 「喉渇きませんか?」 高崎さんから不安そうな様子は一切見えなくなりました。いつもと変わらぬ清純で神々しいものになってくれました。 「少しだけ」 焦りと驚きで喉が渇いたので、僕はそう告げました。するとおっちょこちょいの高崎さんは、僕の首輪を外すのも忘れ、とびきりの笑顔で台所へと向かいました。 ああ、やっぱり可愛いです! 今の笑顔は何物にも変えがたいです。彼氏という特別な関係だからこそ見れる、至福の表情です。 悶絶ものの可愛いさに唸っていると、高崎さんが帰ってきました。 ……見間違えでしょうか。普通、飲み物を飲む時はコップですよね? なのに高崎さんの手にはコップが見当たりません。 WHY? 睡眠不足なんでしょうかね……。高崎さん間違えちゃってますよ……。 高崎さんの手に握られていたのは、犬や猫が水を飲む時に用いられる、底の浅い皿でした。 「間違ってませんよ」 またもやとびきりの笑顔です。可愛いです。けどどうしてですかね。さっき程可愛いと思えないのは……。 「飲んでください上原君」 僕の手には渡さず、高崎さんは床に皿を置きました。それが何を意味するのかは考えるまでもありません。 この人ちょっと変わってるね……。
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