壁打ち

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5年後、一郎はウィンブルドンのセンターコートに立っていた。 対峙する相手はこの2年間の4大大会で4度優勝をしている名実ともにナンバーワンプレイヤーだ。 一郎はエンドライン上で腰を沈めつつつま先立ちをして相手のサービスに身構えた。相手がボールを天に向かってほおる。獲物に襲い掛かるチーターを思わせるしなやかさと力強さでラケットを振りぬいてきた。時速200kmを超す虹のようなドライブサーブが一郎側のコート内に突き刺さる。一郎は流れるように体重移動を終えバックハンドでクロスに打ち込む。 一郎の持ち味はその体重移動にある。今ではスムーサーの異名を与えられ、ここ数年で頭角を現してきた。今日は初のメジャー大会決勝戦だ。 クロスボールが相手コートのサイドラインをキスする。相手は追うのをあきらめた。リターンエースが決まった。歓声と拍手が一郎を包み込む。 ボールボーイの横に佇むおかっぱ頭で白目の少女に向かって、一郎は拳を突き上げた。 (了)
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