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「いずみ」
航の声がいずみを落ち着かせようとする。大丈夫わかってる。
「キレたりしないよ」
笑ってみせると航も笑った。
カラン、とスプーンが空になった皿の上で食事終了を合図する。仕事を再開させようと立ち上がり、そのまままっすぐ食堂を出た。
「っとに、やってらんねぇ!!」
食堂を出ると同時に、長い廊下に航の声が響いた。いずみは感情を表に出すのが下手で、航は感情をしまい込むのが下手だ。いずみは、怒れない自分の代わりに航が怒ってくれているような、そんな気さえした。
あいつら何様だよ、調子乗ってんじゃねぇよブス、大体なぁ、のような文句を呟く航の横を、ただただ無表情のまま無言で歩いていると、いつの間にか航も愚痴をやめた。しばらくふたりとも無言のまま歩く。不意に立ち止まった航に、いずみ、と顔を覗き込まれた。
「うん?」
「よく我慢したな」
お前、すっげえ悔しい顔してる。
航は目を細めていずみの頭を優しく撫でた。「……っ」握りしめた手についた爪痕が、ゆっくりと消えていく。
「わたる」
「ん?」
「……ありがとぉ」
涙声のいずみに、航は短く笑った。
「いいえ」
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