ご機嫌な暴君

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    京の話はいたってシンプルなものだった。   『毎晩8時きっかりに、錬一の部屋へ夕食を持っていってほしい』 本当にそれだけの、簡単な依頼。 正直、いずみは尋常でない雰囲気に、解雇通告でも言い渡されるのでは、と怯えていたため、錬一の名前が出たことはとても意外だったし、というかまず第一に。     「なんでおれが?」   純粋に、指名されたのが自分であることに驚いた。   その質問に、よもや『自分の身代わり』だとは思いもしないだろう弟のきょとんとした顔に、雅人の顔は多少強張ったが、それでも京の「いずみくん、君には錬一の友達になってほしいんだ」という言葉を受けて顔色を変えたいずみに、雅人もまた己の表情を整えた。     「友達…?」   首を傾げるいずみに、うん、と京は控えめに相槌を打つ。   「錬一が部屋を出なくなってから三年間、彼は一度も何かを要求したり、欲しがったりすることがなくなっていたんだけど」   隣の恋人が錬一がもっとも欲しがるものであるのに、京は涼しい顔で言った。確かに錬一はものを要求するどころか手当たり次第贈り物を破壊し続けている暴君なので、その言葉もあながち間違ってはいない。「そんな弟が、引きこもって初めて求めたのが君なんだ」どうか弟と友達になってくれないか、極めつけに儚げな微笑を浮かべて、京はいずみを見つめた。   「……」   京もまた、錬一から解放される雅人の羽をつくるための共犯者だ。   この場に真の味方などいないということには露ほども気づかず、『友達』というキーワードに、いずみの心の中には小さな希望が宿っていた。        
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