ご機嫌な暴君

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    * * *   秒針が聞こえる。 鼓動も聞こえる。     時計が鳴る。   「8時だ…」   自分にそう教えて、いずみは大きく深呼吸をした。この大きな扉の向こうには、錬一がいる。今になって、その事実がいずみを震えさせた。嗚呼、やっぱり無理かもしれない。今にも破裂しそうなほど激しく刻む鼓動をどうにかやり過ごそうと、いずみは深呼吸を繰り返す。そして奇しくも、京のあの呪文を何度も心中で唱えるのだった。   『大丈夫。すぐに慣れるよ』   それから扉を3回ノックする。震えないように声を出した。     「錬一様、お食事をお持ち致しました」   静寂の中、「開いてるよ」と、奥から小さな声がした。その声を聞いただけで、あの幼い空中庭園の日と、先日の冷たい視線がない交ぜになって、いずみの心を荒らした。ギギ、と重い扉を開く。     しかしそんな心の喧騒は、部屋の全貌を見た瞬間、いずみの中から吹き飛んだ。   広い広い部屋。   白い白い、部屋。     己の記憶と大きく異なる錬一の部屋に驚きを隠せず、いずみは目を見開いて足の踏み場のない部屋を見渡した。白いところなんてひとつもない。敷き詰められたおもちゃやブランド品が汚く変色したまま突然の来訪者を睨んでいる。あんなに広く感じた部屋は、自分の寮の寝室とさして変わらないのではないかというほど窮屈に感じた。     腐海の中、かろうじてその姿をとどめているベッドの上に、寝そべる痩躯がひとつ。     「……錬一様……」   もう一度呼べば、その影は振り返った。   その姿に、いずみはまたも愕然とする。        
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