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「あの…」
「美菜子!」
呼び止めようとしたところで、私は名前を呼ばれた。
栞を拾って振り向くと、津久田が手を振りながら駆け寄ってくるところだった。
視界の隅で、栞を落とした女子生徒はどんどん遠ざかっていく。
「何してるの?」
「紫陽花を…」
「紫陽花?」
私の言葉に、津久田は首を傾げた。
別れても、津久田はいままで通りに話し掛けてくれる。
嬉しいけれど、少し切ない。
「うん。ここ、紫陽花咲いてると思ったから」
窓の外を指差すと、津久田はちょっと微笑んで、「まだ雨降ってるな」と言った。
津久田が「雨」と言うと、あの事件を思い出さずにいられない。
津久田はあの事件をどう思ったのだろう。
「津久田は何してたの?」
話題を変えようと尋ねると、津久田は私に視線を戻す。
「職員室。進路希望出してなかったから」
「どうして?どっか他所行くの?」
うちの学校は大学附属の中高一貫で、そこそこ成績がよければ受験をせずに大学に進める。
ここの学生のほとんどはエスカレート進学を考えている。
進路希望の書類を書くのは、他所の大学への進学を考えている人だけのはずだった。
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