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「ああ、圭人。これ終わったらあがっていいよ。」
マスターの声。
エプロンの彼はうなずくとエプロンを外し、入れたてのカフェオレをトレーにのせて、少年のテーブルへ運んできた。
温かなカップの湯気ごしに、軟らかい青年の笑顔がある。
少年はハッとした。
外されたエプロンの代わりに、青年の胸元に揺れる、プレートが目に入ったからだ。
『私は耳が聞こえません。ゆっくり話して下さい。』
これまでのやり取りを思い返す。…そうか、だから声を聞かなかったのか。
そして納得した。
もし、声をかけられていたら、少年は確実にこの場にいなかっただろう。
理由なんかない。言葉が今の自分の心には全く響かない事を知っていたから…。
ゆっくりとカップをテーブルにおく青年に、ありがとうの代わりに小さく頭を下げると、青年は嬉しそうに目を細めた。
やがて青年は手話らしき仕草でマスターに「お疲れ様」と挨拶をすると、店の奥の階段を上って行った。
店にはマスターと少年の2人だけが残った。
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