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マスターはくるくるとパーマがかかったような頭を小刻みに揺らし、グラスをみがきながら、何やら鼻歌を歌っている。目線はグラスの並んだ先にある雑誌に置かれたままだった。
少年は猫舌であったが、冷えた体を一刻も早く温めたい気持ちが先立ち、カップに口をつけた。
…おいしい…
もしかしたら、声に出てしまっていたかもしれない。そのくらい、そのカフェオレは温かくて、優しくて、おいしかった…。
ふと、鼻の奥がツンとなる。
涙の膜が、すっと瞳に広がった。
溢れそうになるのが嫌で、ぐっと目を閉じる。…意外な事に、瞼を閉じると何だか胸がフワリと軽くなった。同時に、体がじわりと温かくなった。
こんな風にホッと一息ついたのって、いつ以来だろう。もしかしたら、母さんが俺を置いて出ていった、あの日以来かもしれない。
なんだか懐かしい。
俺、もうすぐ死ぬつもりなのに…。
死の前のささやかな贅沢ってやつかな…。
あと…
あと5分だけ…。こうしていよう。
5分後にはこの店を出よう。そして自分の人生に終りを告げるんだ。
あと…、あと…5分。
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