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小さな花束を持って、ヨウスケを見送るために駅の改札までを二人で歩いた。
おおよそ花束の似合わない格好と年齢の僕らだったけれど、クリスマスという日がそれをごまかしてくれていたように思う。
「そういえば、駿のとこはケーキの売上ノルマとかなかったのか?」
「うん、まあ一応売上個数の貼り出しみたいなのはされてたけど、僕は学生だしそんなに言われてないかな」
「そうなんだ、そりゃ良かったな。ミヤのとこなんてさ、結構鬼畜みたいで――」
クラスメイトのあれこれをヨウスケから聞きながら相槌を打って駅構内に差し掛かろうと言うとき、突然ヨウスケは歩みを止めた。
「どうしたの?」
「え、あ、いや……あれ?」
視線の先には、駅の真横に建てられたビジネスホテル。
建物の前にはタクシーが並んで、ホテルから出る客を待ち構えていた。
「タクシーで帰るつもり?」
近いとはいえ、やめたほうがと言いかけて、僕も恐らくヨウスケと同じ場所に目が留まった。
ホテル入口の横、少し離れたところに、姉がいる。
「お姉ちゃん……?」
「だよ、な」
「うん、間違いないよ」
あれ、今日は仕事って聞いてたのにな。
と、言葉にはしなかったが僕の戸惑い方から、何かを察したらしいヨウスケは駅への出入りの邪魔にならない場所まで僕の背中を押して、
「クリスマスだし、やっぱ彼氏待ちかな!」
と明るく言う。
「でも、家を出た時と服装が違う気がする……」
姉はスマホを気にしていてこちらに気付いていないようだった。
顔や服装がギリギリ判別できる程度の距離だが、それでもあれは姉で、服は着ていた物と違うことは確かだった。
「そりゃあれじゃないか、仕事終わりに着替えたんだろ。だって綺麗な格好じゃん。仕事には駄目なんだろ、そういうの」
「……そう、かな」
そう言われれば、確かに仕事に行くには華美な格好だ。
例え規則が無かったとして、気になる異性のいない場に着ていくのは相応しくないように姉が思うのも納得がいく。
「人待ちしてるみたいだし、あれはデートだろ、デート」
「でもそんなの一言も言ってなかったし……」
デートなら一言と、呟く僕に、ヨウスケは笑いながら肩を叩く。
「遥さんが大好きなのは分かるけど、駿に知られるのが恥ずかしかっただけだろ、単に」
「恥ずかしいって、今更だよ、だって文化祭にも彼氏と来たくらいなのに……」
そういえばあの後、特に姉から彼氏についての言及はなかった。
僕もユウちゃんと付き合えて舞い上がっていたし、姉はあの時たしか、濁すような返事をしていた気がする。
と、姉の視線がパッと上がり、タクシーの列を避けて1台の車が停まった。
黒い、ワゴン車。運転席はこちら側に向いている。
「なあ、あれ」
「うん」
姉が乗り込んだその車を運転していたのは、文化祭に来ていたあの男だった。
冷たい目の、あの男。
「やっぱ、彼氏じゃん」
「そうだったね」
家族の僕に隠してまでデートに行く姉、というのにすごく違和感を覚えたけど、次の電車の発車時刻が迫っていたこともあり、僕らはその場を離れた。
「いいか、遥さんにも何か事情があるんだから、細かいこと口出すなよ?花束渡して、メリークリスマス!これでいいんだからな!わかったか?」
改札まで小走りになりながら、そういうヨウスケに何度も頷いて見せて、見送り終わって駅の入口に一人で戻った頃には、もう姉の姿も黒いワゴン車も消えていた。
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