僕という人間

5/5
前へ
/85ページ
次へ
 父が他界し、母はすっかり弱り果て、精神を患い、おまけに体まで壊してしまった。 姉は家計を支えるために働きだした。 昼はどこかの会社の事務、夜はコンビニで。 詳しく聞いたことはないけれど、まだ二十歳そこらの女で、体を酷使しすぎではないのかと常々不安に思った。 が、姉はやんわり「聞くな」というオーラを放っていた。 だから僕はその分、家のことをした。 家事はもちろん、母の世話も全て。 「お姉ちゃん、毎日働いて……辛くない?」 父が他界して一年ほど経ったある日。 どことなく顔色の冴えなかった姉にそう尋ねたことがあった。 姉は、手のひらを返すように笑顔になり、僕の頭を軽く撫で 「辛くないよ。働くのは好きだから。」 と言った。 こんな人になろうと思った。 どれだけ苦しくとも、辛くとも、姉は明るく振る舞っていた。 「駿は何も心配しなくていいの。行きたい高校へ行って、大学にだって行っていいのよ。男の子なんだから、しっかりしたところに就職して。それから私に楽をさせて? それまでは、お金の心配も、私の心配もしなくていいの。」 心配は、した。 父が他界してからというもの、微々たる保険金も段々と底を覗かせ始め、母の医療費や僕の学費、生活費などが重くのしかかっていたからだ。 それでも姉は、高校、大学進学までを僕に強く望み続けた。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1305人が本棚に入れています
本棚に追加