羽化

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唄が唐突に中断する。代わりに咳込む音が聞こえる。尋常ではないほどに咽ていて、苦しそうだ。 奥さんが娘の名前を呼ぶ。咽ている彼女を抱きかかえ、店内に連れてきた。 必死に背中を擦っている。少女は身体をくの字に曲げ地べたに倒れ込んだ。僕は席を立って奥さんの肩口から少女を覗き込んだ。 少女の咳込みが終わった。と同時に錆で詰まった水道管を泥水が流れるような音がする。 少女の口からどろりとした無色透明の塊が土石流のごとく出てきた。母親が店の奥からから洗面器を用意してきた。少女は洗面器いっぱいにそのぶよぶよした塊を吐いた。 注意して見るとぽつぽつと赤い塊がいくつかある。血かなと僕は思った。5mmほどの赤い塊はよく見ると何やら蠢いている。南京虫だ。急に胃がせり上がり、すっぱい物が喉の奥まで込み上げてきた。 先程まで震えていた少女は身を屈めるような体勢でぴたりと動きを止めた。少女のサリーが背中の真ん中から縦に破れた。続いて覗いて見えた浅黒い肌が炸裂音とともに引き裂かれたのを目にして僕は意識を失った。
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