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どれくらいそうして座っていたのだろう。
いつの間にか陽は落ちて、空は薄い黒をたたえていた。
けれどこの街の空が夜になりきることはない。
見上げれば、そこかしこの空がまだネオンによって彩りを持っていた。
夜が見たい。
そのために彼はここに来た。
この場所は比較的暗くなる。
周囲に街頭ポツリポツリと見える他は、店もない。
土手の向こうのフェンス越しに民家が立ち並ぶだけだ。
土手は低いが、家々の窓から漏れる明かりを光月から遮るには充分だった。
光月はただ水の流れを見つめ続けていた。
何時間も何時間も、まるで自分の存在がそこに溶け込んでしまうのを待つかのように、じっとして。
「あ…」
ふと、視界の端に何かが横切った。
とっさに目で追うと、小さな蛍が優しく光っている。
こんな都会の川に、たった1匹。
いるはずもない命が、確かに輝いていた。
毎晩病室に、幻のように揺らめいていた輝き。
うとうとした中でしか会うことの出来なかったその幻が、今ははっきりとそばにある。
その温かな光は、光月の中の懐かしい声を、存在を、思い出を引き出した。
「…っ夏蛍」
唇を噛み締めて指先を伸ばせば、蛍は逃げることもなく戯れる。
光月はそっと、手のひらに包み込むと、蛍を抱き寄せた。
あの頃にあの子を、夏蛍を抱き締めたように。
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