日常

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階段を並んで降りる。 初夏なのに、ひどく冷気が体にしみる。 「だいじょぶか?」 全身を覆う冷気に思いを馳せていた優子は彼の声で我に返った。 ……と、 「顔、近くないですか?」 「気にしないだろ?」 距離にして五センチ。 鼻が触れ合う程近くに彼の顔はあった。 感じる吐息。 聞こえてきそうな鼓動。 いつしか握られていた手をしっかり握って、これからの行為に期待を膨らませる。 「せんぱい」 「こういう時ぐらい、名前で読んでほしいもんだ」 「ゆ、……結城」 「なんだい優子?」 「知ってると思いますけど、初めてなんです」 「うん」 「だから、その、なんて言うか」 「ん?」 「……優しく、してくださいね」 消え入りそうな声。 朱をはっきりと現した頬。 優子は目を閉じた。 「……困ったなぁ」 苦笑に言葉を混じらせた結城はしかし、求められているものを理解していた。 理解していて、行為におよぶ事を躊躇う。 待ち続ける優子。 頭を抱える結城。 「……仕方ないな」 言葉にして声に出して、躊躇いを頭から消し去る。 一瞬、静寂に耳を澄ませてから、優子の頬に手を添える。 出会った時のまま、彼女は変わらない。 はっきり言えば可愛い。 そんな少女を一回見つめ、すぐに唇で触れた。
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