0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「……よし」
弁当箱の隅にあった米粒を口に投げ込んでから箸を置く。
食べ始めから五分。
未だに騒ぎ立てる周囲の部活仲間。
一瞥だけしてから席を立った。
「優子ちゃん、どこ行くの?」
「あー、先輩捕まえてくるわ」
言葉に何かを嗅ぎとったのか、騒めきの矛先は優子へと向けられる。
「旦那?」
「あの人面倒臭がりやだしな」
「熱々だねぇ」
「羨ましい」
「リア充め……」
様々な言葉が投げられる。
そんな中を苦笑いの表情で出口まで歩く。
重厚な扉と、手を引っ込めてしまう程の冷たさを帯びたドアノブ。
二つを順番に見てから、力任せに扉を開け放つ。
「寒い……んだ」
半袖の優子は冷気に触れた肌を押さえながら呟いた。
鳥肌の立った二の腕を擦って歩きだす。
階段を昇り、屋上へ。
誰も居ない最上階の踊り場は、冷気を濃く含んでいた。
夏なのに……。
思わず発した言葉は天井で跳ね返って、遥か下の一階まで響いた。
ややの静寂。
破ったのは優子。
勢い良く屋上に通じる扉を開いた。
一瞬、彼女の傍らを通り過ぎた柔らかい風は、
初夏の甘い香を運んできてくれていた。
最初のコメントを投稿しよう!