日常

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フェンスに四方を囲まれたコンクリートの舞台。 広さ以外に何の取り柄もない場所は、本来立入禁止の筈だった。 けれども校則なんて歯牙に掛けない彼からすれば、この場所が一番のお気に入りなのだろう。 ドアの付近から周囲に目をやるだけで、屋上の景色が一望できる。 乱立している白い突起物。 数枚捲られた白いタイル。 フェンスの直下に並べてある空き缶は、明らかに人の手で並べられたものだった。 「先輩……?」 目に映る景色の中、肝心の彼が居なかった。 何度周囲を見つめても、彼の姿は見当たらない。 「あれ? ここじゃなかったっけ」 いつも聞かされていた場所に彼が居らず、僅かな動揺を声に乗せる。 再び周囲を見つめる。 彼の姿は見えない。 初夏の風は半袖の優子を刺激するように抜けた。 「先輩……せんぱいっ!!」 返事は、ない。 「…………結城?」 「お呼びかい?」 真上から声が届く。 驚いた優子が見上げた先には、陽を背にした彼が居た。 眠たそうな眼を擦り、気の抜けた表情で彼女を見下ろしている。 「ど、どうしてそんなところに?」 「お気に入りの場所」 答えにならない答えを返しながら、彼は右手を優子へと差し出す。 訝しむ彼女に対して、これを掴めとジェスチャーで伝える。 優子に躊躇いはない。 彼の右手をしっかりと両手で掴んだ。 ……瞬間、優子は宙に浮いた。 「うわっ……と」 一瞬で彼の隣に降り立った優子は、不思議そうな顔をして彼の方に目をやった。 彼はにこやかな表情の儘に、優子の体を抱き寄せる。 「ようこそ、俺の場所へ」 足元から、チャイムが鳴り響いた。
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