第1章 顔の無い男

16/27
前へ
/270ページ
次へ
「江原組の浅井って言います。 本部よりお聞きになっておられると思い ますが、カギだけを置いて速やかにこの 部屋をお出になり、人目にだけは注意を なさってお帰り下さい」 部屋に招き入れられ、リビングまで案内した50代後半と思(おぼ)しき男に、浅井は事務的な口調で言葉を並べた。 男は力無くリビング入口の扉の横に佇み、浅井の言葉に反応も無く、壁に背を預け頭を垂れている。 「どうします?あたしらそんなに時間 を、掛けたく無いんですがねぇ」 男の態度に業を煮(ごうをに)やした浅井が、強い口調で声を掛けた。 ピクンっと男の肩が反応し、ユックリと右手がズボンのポケットへ伸び、カギを取り出しその手を浅井に向け差し出す。 慌てて若い男が近付き、カギを男の手から受け取った。 「それじゃあ、後はお任せ下さい。 足元にお気を付けて」 浅井の言葉に男は相変わらず、俯(うつむ)いたまま言葉も無く、ユックリとした動作で壁際から離れ、リビングのドアを開けると廊下へ出て行く。 「伸夫(のぶお)、玄関のドアからこっそ り、今のオッサンの様子見てろ、ヤバそ うだったら連れ戻して来い!」 毛足の長い絨毯に俯(うつぶ)せになって、倒れている女を見下ろしながら、浅井は伸夫と呼んだ、若い男からカギを受け取り、耳元に苦い顔を近付けて、小声でそう命じた。    
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!

240人が本棚に入れています
本棚に追加