第1章 顔の無い男

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      2 発端 「美奈ちゃん、ココアでいいよね?」 キッチンからカウンター越しに、リビングのテレビの前で、絨毯に直接座り込み、DVDのケースを握りしめ、ソワソワしている美奈の小さな後ろ姿に、彩乃(あやの)は目を細め、微笑みながら声を掛けた。 「うん、ココアで良い、それより早く観 ようよぉー」 「直ぐだからねぇ」 美奈にそう応えるとカウンターの上に、自分と美奈用のマグカップを乗せて行く。 その時、カウンターの上に置いた彩乃の携帯が、小刻みに振動し始めた。 「うん!」 コンロに掛けた鍋の中の牛乳に、視線を向けながら、携帯に手を伸ばす。 ディスプレイの画面に表示された名を確かめ、彩乃は少し戸惑う。 鍋の中の牛乳が吹きこぼれないよう覗きながら、通話状態にした携帯を耳へ持って行った。 「はい、どうかなさったの!?」 潜めた声で訊ねる。 [急で悪いが、これから行く] 何時もの様に用件だけを伝えて来る男に、彩乃は相手に分からない様な、小さなため息をつく。 「どの位でいらっしゃいますの?」 [うん、 都合が悪いのかね? もう少しで着いてしまうのだが] 「えっ、そう」 [どうした?]   
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