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「こんにちは、私もう帰りますから。
お姉ちゃん、じゃあまた明日ね!
お邪魔しました」
男の突然の登場に少し驚いた美奈は、それでも精一杯の笑顔で男に挨拶をし、彩乃に向き直り帰る旨(むね)を告げる。
再度(ふたたび)男に声を掛け、男が中途半端に開いた、ドアを抜けて行こうと、美奈は体を斜めにした。
男は慌ててドアを子供1人が、楽に通り抜けられる程に押し開けた。
「ありがとうございます、さようなら」
「あぁ、さようなら」
廊下に出て男を振り返って、発した美奈の言葉に、男は短く挨拶を返した。
エレベーターホールへ向かう、少女の後ろ姿を暫(しばら)く眺め、男は難しい表情を作り玄関に入ると、ドアを閉めロックを掛けた。
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明るいエントランスを抜け、美奈はガラスの重い扉を押し開けると、マンションの入口階段上から、すっかり暗くなった外の世界を眺めた。
「お姉ちゃんのお父さんかな、ちょっと
恐そうな人だった、
美奈におじいちゃんが居たら、
あん位かな?」
マンション入口外階段を数段降りながら、美奈は独り呟(つぶや)く。
坂の頂上近くに建つ、彩乃の住むマンションから、美奈の暮らすアパート迄は、目の前の急な坂道を下り切り、神田川に架かる小さな[面影橋]という橋を、渡らなければならない。
『さぁ~て、ご飯は炊けてる頃かな、
お母さん今日は早いと良いんだけど』
坂道で転ばぬ様ゆっくりと足を踏み出し、眼下に広がる2階屋の、瓦屋根の更(さら)に向こう側を通る、チンチン電車の窓から、漏れる灯(あかり)を目で追いながら、美奈は何時(いつ)か私もお母さんと、“お姉ちゃんが住んでいる様な広い部屋に、住める大人に成りたい"と思った。
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