第1話

2/11
72人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
 あれから三ヶ月が過ぎ、俺、いや私は退院することになった。  自分のことを私ということにした。  小早川由乃という存在は確かにいて、今の自分は神田啓一郎ではありえないから。だって身体はどこから見ても女だったし。否定しようがない。  それに一度俺と言ってしまったとき、自分を含めて周りの反応が何とも言えないほど居心地悪かった。  両親の事や友人関係を忘れてしまっていることについては、簡単にいうと部分的な記憶の欠落ということになった。  その他のこと、生活する上での、つまりは物の名称とか、物の使い方とかは覚えていることと、身体的な怪我はほぼ完治したということで退院の許可が出たわけだ。  車椅子で病院の玄関先に出ると、黒塗りの高級車が止まってた。車の名前はわからないけど、とにかくデカイ。というか長い。ドアを開けて待つ黒いスーツの男性がちょっと怖い。  玄関前には病院の先生や看護師の人達が何人も見送りに出てくれている。  みんな口々に退院おめでとうとか、お大事にねとか言ってくれて、私はお辞儀することで返事をした。  声の掠れは治りつつあるんだけど、まだうまく話せないんだよ。  これは事故の影響じゃないかと言われてる。声帯には異常が見つからなかったらしい。      
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!