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ブロロロロロ――…
俺たちを乗せたバイクが、何もない一本道を颯爽と駆け抜ける。
つか、バイク乗ったの生まれて初めてかもしんね。
もしかしたら俺が憶えてねぇだけで、実はもう経験済みなのかもしんねぇけど。
まぁ少なくとも『猿飛佐助』にとっては初めてのことだわな。
俺には記憶が無い。
気がついたらあの山に居て、気がついたら大勢の猿たちを従え“猿山の大将”っつわれてた。
俺はその呼び名が嫌いだった。
俺が欲しくて堪らなかった名前には違いねぇかもだけど、所詮は代名詞だ。名前じゃない。
名前っていいよな。
自分を言葉で、文字で、確実に表現している。
自分の存在を周りに認められてるって気がする。
だから、名前が無ぇっつーのは、空気みてぇに『あるけどない』と同じだと思う。
そこに在るのにそこに無い。
それってスッゲー哀しいことだと、俺は思う。
だから、俺はずっと名前が欲しかった。
俺はずっと『空気』だったから。
けど『空気』にだって生存権はあるはずだ。
だから、俺は生きるために悪事を働いたりもした。
山を通る旅人を襲って金品や食料を強奪したり、自分の欲を満たすために女を凌辱したり。
後悔はしてない。
生きるためには仕方ねぇことだからな。(女云々はともかく)
でも一般的に考えて、俺がした事は全て許されない事だ。
しちゃいけねぇことだ。
だから、そんな俺を気に入ったと言い、剰え名を与え、部下にしたいと言ったこの女は本当に変な奴だと思う。
――それとも他に何か意図があんのか…?
「佐助」
「え!? あ、悪りぃ。何だ?」
「何でもないですよ。でもどうしたんです?」
何じゃそりゃ。
日本語が明らかに変だ。
いや、呆けてた俺にも多少責任があるだろーけど、今のは絶対幸の日本語が変だった。
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