ep1.5 変な女

2/6
前へ
/38ページ
次へ
ブロロロロロ――… 俺たちを乗せたバイクが、何もない一本道を颯爽と駆け抜ける。 つか、バイク乗ったの生まれて初めてかもしんね。 もしかしたら俺が憶えてねぇだけで、実はもう経験済みなのかもしんねぇけど。 まぁ少なくとも『猿飛佐助』にとっては初めてのことだわな。 俺には記憶が無い。 気がついたらあの山に居て、気がついたら大勢の猿たちを従え“猿山の大将”っつわれてた。 俺はその呼び名が嫌いだった。 俺が欲しくて堪らなかった名前には違いねぇかもだけど、所詮は代名詞だ。名前じゃない。 名前っていいよな。 自分を言葉で、文字で、確実に表現している。 自分の存在を周りに認められてるって気がする。 だから、名前が無ぇっつーのは、空気みてぇに『あるけどない』と同じだと思う。 そこに在るのにそこに無い。 それってスッゲー哀しいことだと、俺は思う。 だから、俺はずっと名前が欲しかった。 俺はずっと『空気』だったから。 けど『空気』にだって生存権はあるはずだ。 だから、俺は生きるために悪事を働いたりもした。 山を通る旅人を襲って金品や食料を強奪したり、自分の欲を満たすために女を凌辱したり。 後悔はしてない。 生きるためには仕方ねぇことだからな。(女云々はともかく) でも一般的に考えて、俺がした事は全て許されない事だ。 しちゃいけねぇことだ。 だから、そんな俺を気に入ったと言い、剰え名を与え、部下にしたいと言ったこの女は本当に変な奴だと思う。 ――それとも他に何か意図があんのか…? 「佐助」 「え!? あ、悪りぃ。何だ?」 「何でもないですよ。でもどうしたんです?」 何じゃそりゃ。 日本語が明らかに変だ。 いや、呆けてた俺にも多少責任があるだろーけど、今のは絶対幸の日本語が変だった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加